一流の味覚には、料理人が生きてきた時間や経験のすべてが折り重なっている。 地層とも言えるが、この人の層、つまり料理は驚くほど澄んでピュア。 風味に厚みがあるのにくどさを感じさせず、さながら味覚の透明絵の具を幾層にも塗り重ねた風情がある。
東京・浅草駒形「レストラン ナベノイズム」渡辺雄一郎シェフ
その歩みは、文字通り、輝かしい経歴で彩られている。
大阪あべの辻調理師専門学校を卒業後、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」を皮切りに日仏の名店で実績を積み、 2004年にシャトーレストラン「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフに就任。 世紀のシェフと謳われたロブション氏から絶大な信頼を得て、「ミシュランガイド東京」では創刊から9年連続三つ星を達成した。
そして2016年7月、満を持して「ナベノイズム」開店。 フレンチガストロノミーの王道を歩み続けてきた渡辺シェフの料理は、ここでさらに花開く。 それは浅草駒形という場所と出合うことで生まれた、フランスの美食の伝統と日本の今が融合する唯一無二のフランス料理だった。
代表的な一皿がシグニチャーディッシュ "ソース・エミュリュッショネの技法で炊き上げた蕎麦がき"だ。(ページ冒頭写真参照)
シーガルフォーの水に塩分0.5%の塩を溶き、蕎麦粉を混ぜて沸騰したら発酵バターを加え、 瞬時に乳化(エミュリュッショネ)、急速冷却する。
蕎麦粉は蕎麦の名店で、やはりシーガルフォー・ユーザー店である両国「江戸蕎麦 ほそ川」で毎朝、挽いてもらったものだ。 極限までなめらかな蕎麦がきの大地の香りはエレガントに昇華され、昆布だしのジュレの仄かなヨード香と魚醤で洗った甘海老、 フランス・アキテーヌ産のフレッシュキャビア、おろしたての山葵、ウォッカクリームの風味が響き合う。
渡辺シェフは言う。
「一つ一つの風味は儚く、風のようでも、集まれば美しいハーモニーを奏でる。 そのためにもベースはピュアでなければいけないというのが僕の考えで、だから水。料理の基本は水です。 僕がすべての料理にシーガルフォーの水を使うのは、雑味がなく安定していて、素材の風味を引き出してくれるからです」
メインの"天然真鯛のアロゼ トランペット茸の香り ソース・アルベール"は一転して素材それぞれが力強く、 ボルドーブランの熟成白ワインを合わせると、秋から冬の乾いた森の蜜のような味がした。だが、風味は澄んでいる。
「とにかくピュア、澄んでいることが大事です」(渡辺シェフ)
渡辺シェフの料理の在り方を象徴する、一つの評価がある。
「ナベノイズム」は「ミシュランガイド東京」で2019年度版より4年連続で二つ星を獲得中だが、料理カテゴリーはフランス料理。 イノベーティブではなく、ましてやフュージョンでもない。
「僕には骨の髄までフランス料理が滲み込んでいます。フランス料理とは、エスプリと技法の組み合わせ。 素材は土地のものを使うのが自然で、浅草には蕎麦があり、江戸伝統野菜がある。それを自然体で生かしているだけです」
渡辺シェフはかつて、ある高名なフランス人シェフから言われたことを覚えている。
「これはフランス料理だね。 もし、フランス国内に浅草駒形―ASAKUSA-KOMAGATA―という県があったら、その土地の料理はこうなるんじゃないか?」
「ナベノイズム」で出合える、フランスの美食と日本の伝統、今が融合した一流の味覚。
正真正銘のフランス料理がここにある。
東京都台東区駒形2-1-17
TEL:03-5246-4056
営業時間/12:00~15:00(13:00最終入店)、18:00~22:00(19:00最終入店)
定休日/月曜、不定休あり
※営業時間・定休日は変更になる場合があります。ご来店時は、事前に電話でご確認ください。